縁は異なもの味なもの
不思議なもんですよねー。
縁が切れる人もあれば繋がる人もある。
不思議とご縁がある人が集まってくるんでしょうかね?
凄〜く宣伝している訳じゃ無いからそんなに知られてはいないんだろうけど、それでも入ってくる人は入ってくるし、入らない人は入らない。
また、入ってもただ入っただけの人もいるし…ホントグループって面白い。
そして、どうやら長岡の火焔式土器を見にやってくるようだ。
一緒に長岡巡りをする日が来るなんて思っても見なかった。
どんどん面白くなって来たぞ!
発表会
□■□4/7/2019
友人がステージで歌うというので、久しぶりに県民会館の小ホールに行ってきました。
時は春、しかも日曜日とあって人出も多く、県民会館大ホールではフォレストコンサートという大掛かりなコンサートもあったりして駐車場は満車。
燕喜館の隣の駐車場に入れようとしたら、ほんのすんでのところで先に一台入れられてしまいここも満車。んもー!
仕方なしに陸上競技場へ行ってみたら、何てことは無いガラガラじゃないですか!
最初っからこっちにすれば良かったとぶつぶつ言いながら県民会館に向かいました。
実は時間を勘違いしていて、14時半開演だったのに、14時からだと思っていて焦っていたのです。
午前のカホンのレッスンが13時半まできっちりとあったので(さすがAB型、キッチリしてる)、こりゃ急がなきゃと思ってしまったところからの失敗。
もっとゆっくりお花の写真とか撮れば良かったし、せっかく入った小ホールの写真も撮れば良かったと思ったのも後の祭りでした。トホホホ・・・。
気を取り直して行きましょう。
ピアノ教室の発表会ですが、歌を習っている人も一緒に発表するっていうものでした。
アットホームな感じがいいですね♪
最初は小さい人から。
まだまだ足台が必要なかわいらしい子供たちがたくさん出演しました。
でも、こちらのお教室、最近では珍しいタイプの発表会で、小さい子供たちもきちんとドレスアップしていたのが印象的でした。
最近の新潟市内の発表会では平服で演奏する発表会が多い中、良いことだと思いました。
後は、お母さま方がもう少し演奏中のマナーについてもお話して下さると良いのになーっと思いましたが、これは最近では難しいことなのかもしれませんね。
大人の歌の発表はお二人で、お母さまと娘さんです。
私の友人というのは娘さんのほうで、実はウン十歳も年下なのですが、Twitterで知り合った仲です(笑)
彼女は合唱歴も長く、おんぶんリレーコンサートなどにも出演しています。
いつもは彼女の歌のギター伴奏を担当されるお母さまが、今回は初ステージだというのは終わってから伺って驚きました。
お若い友人は、イタリア歌曲と日本語の歌を歌いました。
イタリア歌曲が良かったですね。
最初少し緊張が見られましたが、だんだん声が伸びやかになり良かったと思います。
お母さまのほうはというと、もうこれは私も経験があります!バリバリに緊張していらっしゃいました。
良~くわかります。
私も最初はそうでしたから。
それでも、無事に2曲を歌いあげましたから大したものだと思います。
これからも頑張って欲しいですね。
ピアノについてはあまり良くわからないのですが、後半の大人の方たちは結構良かったですよ。
趣味で音楽を続けるってなかなか大変なことなんですよね。
好きじゃないと続けられません。
子供のうちはね、親が習わせるから通うってパターンがありますけど、大人になると自由意志ですからね。
練習するも自由、しないも自由。
私はもう、歌うことを辞めてしまったんですが、やっぱり歌っていいなぁ~って思ってしまいました。
mixi転載
文章フェチの私、最近ではFBで気に入った投稿とかをmixiの日記に保存してるんですが、自分的にこれはブログだなって思ったので転載しますね。
ここ何回か書いてきたことについてガツーンて書かれている気がして、読んでてサイコーでした。
(ここから転載)
【最近、サボってた】
「いいこと」
「みんなのためになること」と
目醒めていくことは関係ない。
「いい人」であることも。
むしろ
「こひしたふわよ」※に
従っていったら
「(世間的には)悪いこと」
「自分だけのためになること」
「嫌われること」
「バカにされること」
がバンバン出てくる。
たとえば
「好きだな!」と思う人が
出てきたら
世間体もあるし、とか
家庭もあるし、とか
イヤだと言われたらどうしようとか
考えずに気持ちにしたがって
「好きです」と伝える。
たとえば
「○○してほしい」と言われても
「こいつには○○したくない」と
思ったら「イヤです」と言う。
モヤモヤを感じたら
周りが見ていようと
ポーズをつけて統合をする。
並木さんが前回の「ガイアの・・」
セミナーの中で言っていた。
「シェアしてくれる人が増えてるけど
『認められる』ためにシェアしてるなら
それは眠ってることだよ」と。
自分は「認められる」ためには
シェアはしていない。
自分用につくったものを独り占めしても
もったいないし、
人のお役に立ったら喜ばれて
嬉しいから、程度でシェアしている。
だからそこはいいのだが
そういう行動に甘んじて
「こひしたふわよに従う」
という「危険な」道を行くことを
最近サボってたなと思った。
いつの間にか皆と「学びあう」ことで
安心してしまっていたな・・・
衝動と気持ちに従って
きちんと表現する
きちんと行動する
それをサボってた。
※こひしたふわよ
ここちいい
ひかれる
しっくりくる
たのしい
腑に落ちる
ワクワクする
喜びを感じる
の頭文字。
興味ある人は並木良和さんの本を読んでみて。
ま、朕の投稿見てる人のほとんどは
知ってると思うけど。。
(転載終わり)
FBではこんなこと書いてるけど、現実ではとてもまじめな行政書士さんで不動産屋さんな彼です。
でも、言ってることは至極真っ当なことなんですよね。
自分のためって本当に大事だと思う。
誰かのためにって言いながら、本当は自分のことしか考えてない人が多いですから。
昔、エセ文化人という言葉があったけど(いや、今もあるのかな)、それを借りればエセ誰かのため。
だって、結局は自分のためなんだから。
それなら最初からそう言ったほうがいいし、そのほうがスッキリしますよね。